いまのままじゃ墨高は勝てないんだ

どうも。今日二つ目の記事です。



何も足さない、何も引かない。
そういって始まったコージィ先生版プレイボール2ですが。
昭和の時代まっただ中、でもそれを過ぎて来たから今振り返って、これじゃ勝てないんだ、というのがもう理屈としてあるんですよね。
漫画で言えば魔球とスポ根から、リアル高校野球への転換期。ちょうどキャプテン、プレイボールはその前夜の時代。
だから、キャプテンは近藤期で大きく変わらなきゃならなかったんだと思う。
近藤3年時がちょうど、今のプレイボール2つまり谷口3年。

根性論から、科学への転換期。
まあぶっちゃけ、「水」の話ですよ。

ピンクレディーのUFOが1977年12月。サウスポーが1978年3月。(私は8歳、9歳頃)ちょうどここが谷口君高3。
箕島対星稜伝説の延長18回が翌年の1979年。→(神様が創った試合)古い記事ですが参考に。

ゲータレード(ポカリみたいなもの)発売はさかのぼって1970年大正製薬から。(どうもそのあと発売中止してたという話も・・・(汗))
大塚製薬ポカリスエット発売はちょうど1980年4月。谷口君達の2年後。

なんで箕島の話を出したかというと、すでに自家製スポーツドリンクもバナナもベンチに持ち込んでたからなんですよ。
まだ少数派だった筈ですが、時代は確実にこのころ変わり始めてた。

自分の事で言えば1979年は10歳で、キックベースボールで6年生とこっそり水飲んだら怒られた。
1981年小学校6年、父親とハイキングに行って初めて飲んだポカリ(当時出始めたばかりの保冷機能付き水筒入り)がめちゃめちゃ旨かった。
1982年頃は中学生、放任主義のテニス部で適当に水飲みまくってた。
1985年頃は高校生、普通に体育祭にはポカリとゲータレードが売ってた。


で、ちばあきお先生の描いていた時期ですが。( OZ フォーラムさんの資料参考にしました)
プレイボール最終巻22巻が1979年5月発売。(連載は78年7月まで)
キャプテン最終巻26巻が1980年6月。(連載は79年3月まで)

ようするに、ちば先生自身が2~3年の休筆の後プレイボールの続きを描いていたとしても、
時代的にスポーツドリンクが出てくる可能性が高いと思う。
水を飲んだらダメ、の時代から、イオン飲料を飲む時代へ、新しいもの好きなイメージがあるちば先生ですからきっと・・・。
まあたしかに時代を1978と決定しちゃうと、微妙に前夜なんですけども。


で、昭和の時代の作品の続編だからといって「水飲むな描写」をもし今のプレボ2でやられたら、どうしても違和感ものすごいと思う。
それじゃ勝てないんだよ谷口君!てじたばたしたくなるよ。
時代の転換期、ということをコージィ先生には上手く利用してほしいと思うよ。

でね、近藤期のキャプテンが大きく変わっていったのは、茂太パパの力も大きい訳で。
プレボ2もね、
田所さんがドリンク差し入れするとか、部長(先入観のない人だからこそ動ける)が本貸してくれるとか、大人の知恵がちいと必要な気もするんですよね。
あ、田所さん一回手作りドリンク差し入れしてましたよねっそういえば。
大塚製薬が野球場とかでポカリの試飲活動やってた時期(ポカリ公式HP参照)は1980年から・・・・うーん、残念、ポカリはちょっと間に合わないか。

「水」という視点から、墨高が勝つ為のいろいろ、考えてみたのでした。











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プロフィール

雪うさぎ

Author:雪うさぎ
雪うさぎ:男の子2人の母ちゃん。ちばあきお、キャプテン、プレイボール大好き。
息子:兄ちゃん・俺様。浪人終了、春から大学生です。
   弟(ちび)・いじられ体質。春から高校生。

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